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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页
そこに、半身見えるのは、たしかに越前守その人にちがいない。そして、前の机をへだて、それに対して、きちんと、坐っているのは、お燕であった。
机の上には、書物が置かれてある。越前守は、お燕に、その読みと、意味とを、講義していた。寺小屋の先生が、幼い子どもに、教えているように。
お袖は、ひと足、ひと足、いつか、窓のすぐ外まで、身を寄せていた。
「……よし、よし。もう読めて来たな。どうじゃお燕、わかり出して来ると、書物を習ぶということは、おもしろかろうが」
「ええ。この頃になって、やっと、楽しいものになって参りました。初めは、どうしても、頭にはいらなくって」
「そうだろう。そなたは、寺小屋の子も読むような、やさしい往来物一つすら、読めなんだ」
「文字というものを、読む気で見たのは、生れて初めてでしたから」
「いまから、生れたと思えばよい。越前も、古典はあまり詳しゅうないから、やがて、源氏物語でも読むようになったら、たれぞよい師をさがしてやろう」
「いいえ。私は、いつまでも、お父さまを、お師匠さまにしていとうございます」
「はははは。そなたは、どこかまだ、ほんとうに、生れたての赤児のようなところがあるよ。