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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页
「弟っ。これっ、面を見せい、その面を」
主殿は、昂奮している。その眼からは、市十郎の沈黙が、いかにも冷然たる姿に見え、主殿の激越な心の波を、いやが上にも昂めるのだった。
「忠右どのからのお使いに、何事かと来てみれば、あきれ返った仔細。いやもう、言語道断。……わ、わしは、御夫婦へも、お縫どのへも余りのことに、いつまでも、この面を上げ得なんだわいっ」
畳を打って、膝を、つめ寄せながら、
「家祖、忠教、忠政様このかた、まだかつて、おのれのような無恥、腑抜け、不所存者は、ひとりも出したことのない家だ。どうして、貴様のような極道者が、大岡家の血から出たことやらと、この兄は、無念でならぬ。……が、いかに大たわけでも、よもやなお恋々と、水茶屋の売女風情に、心を奪われておるわけではあるまい」
声を嚥み……声を落して……。
「さ、そこじゃ。そこのところは、この兄も、刀にかけておちかいする。さほどまでの弟とは思われませぬと――たった今、忠右どののお部屋での、お三名に申して来たのだ。……さ、察してもくれやい、弟。そう申すしか、この兄の立場があろうか。たとえここに、亡きお父上が御存命でおわそうともじゃ」