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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页
ここは神田辺の汚ない風呂屋の裏二階なのである。湯女がいて、三味線も弾き、酒ものませ、吉原よりも安直に、客も泊めたり、居続けもさせる――遊び風呂の多い横丁の一軒だった。
ふたりは、今朝でもう三日も、自堕落をやっていた。
さきおとといの雨の闇夜、大岡家を飛び出して、二人とも、濡れ鼠の姿で、懐中のあてもなく、ここへ揚がッてしまってからの、続きであった。
「おい、市の字。何をぼんやりしてるんだ。階下へ行って、ひと風呂サッと入って来ようぜ。……これこれ、女房たち、おぬし達はその間に、湯豆腐か何かで、熱いとこを一本燗けておくんだよ。よいかネ。そしてきょうも、きのうの小唄の稽古でもやろう」
大亀は、寝ても醒めても、くッたく知らずだ。天性、遊蕩児にできているのか、女たちを、怒らせたり、笑わせたり、嬉しがらせることに、妙を得ていて、しかも、大風な贅沢をいいちらし、ふところに一文なしとは影にも見せない。
それにひきかえ、市十郎は、ここへ来ても、養父の最後のことばがなお耳から去らなかった。あの後での、お縫の心根を察してみたり、兄や一族の怒りを考えたり……また、赤い蒲団の中に寝てさえ、何かに、夜どおし自責されたり――身をここにおいているだけで、怏々として楽しめない。