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おおおかえちぜん

大岡越前

吉川 英治

「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页

青空文庫

たしかにそれだ。――だが、市十郎もこんどは阿能のウラをかいた。やがて駕籠の灯がとまった荒れ屋敷の門を見届け、そこの崩れた土塀の横に身をひそめていた。そして阿能が中へ入ったのを見すましてから、彼も、土塀をとび越えた。

中は広い。すくなくも千石以上の家らしいが、無住の山寺といっていい程な荒れかただ。戸締まりなどはまるでありそうもない。――市十郎は易々と屋内に入っていた。

どこの部屋からも、明り一つささないが、家の中央の広間からは、晃々と灯影が洩れていた。そればかりでなく、一種異様な人間臭さがむうと、そこから温くながれてくる。

「オヤ。……ここは」

細目に開いていた杉戸の隙からのぞきこんで、市十郎は怪しみにとらわれた。そしてすぐ、こんな所に、お袖がいるだろうかと危ぶんだ。

すさまじい博奕場の光景が、彼の眼に映っていた。旗本くずれ、雑多な武家ごろ、医者風、旦那てい、坊主、女など――円座を作って、なぐさみごとに、血眼を闘わせている。だが、その幾人かの女のうちには、お袖は見えない。見覚えのある顔は、今しがた、ここへ入った阿能十ひとりだけである。

阿能は、この群れの中でも、もっとも傲岸に見える男のそばへ寄って、勝負をのぞきこんでいた。