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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
07 第七分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,903 字 · 400 页
家臣としても実はそんな余裕はなかった。果たしてこれから無事に三河まで帰り着けるか否かすら、みな疑問の中だった。途中の安全は扈従の誰にも確信はないのである。――にも関わらず、危険を冒しても、浜松まで帰ろう。後図の何をなすにしても、ひとまず本国へ立ち帰った上で――と、急に堺を去ったものの、地方の情勢は都会以上険悪であったし、山野には早くも土寇の出没もあるらしい。その中を軽装にしてしかも小勢な一行が、この際、主人の一命を守って三河まで押し通ろうということは、ほとんど天助を祈るしかない冒険だったのである。
――いわば信長の奇禍は、惹いて直ちに、家康のこの災難ともなって来たわけであるが、彼やまさに、四十になったばかりの男ざかりである。うろたえはしていない。眼前の困憊などは、次の、大きな意欲の膨らみにうち消されて、むしろ歓びですらあった。
縷々と、香炉からのぼる香煙をながめては、
(右府の死を一期として、世の中はこれで大きくひとつまわった)
と考える。なによりも彼はそれを思う。
現実をはなれて家康の思考はない。これは幼少からのものだ。今とて、そうである。表面の彼と、肚の彼とは、見たとおりのものではない。