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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

死んだものを自然の消滅と観じて、すっと背丈がのびたような誇りも感じていたのである。ついに彼は、押しひしぐように母親の肩をおさえつけた。

「取りみだしは致しません、わたくしとしたことが」

彼女はびっくりするほど冷静な口調でそう云い、伜の手を軽く外した。若い男は肩すかしを喰わされたような気がした。思わず頬が赤く燃えるのだ。すると、見るに堪えぬ女の愁嘆は、掌をひるがえすように落ちついて来た。それを更年期にある女心の変転極りない衝動とは知り得ようわけがなかった。分別ある女として居ずまいを直した母親に向い、祐吉はあげた腰のやり場がなかった。伺うように素早く一座を見まわした。しかし誰も見ていなかった。大人の世界は相変らず寂とした静かさであった。その前に、彼は何か膝まずくような重々しい気持で、湧きたつ自分の憤怒を、唇をかみつけることによってのみこんだ。そして、袴の腰板に何となく手を触れて見ながら、心の乱れを整えるため深い呼吸を丹田のあたりに溜めた。肉親であれば無視出来ず、それ故却って、あとあじの悪い反感が高くなっていた。

ろうそくの灯が揺れていた。浪の音がながく遠く、ざわりざわりとしぶくような響きをつたえている――おだやかな夜の海の寝息のように聞えていた。