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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

七

「おそれながら――」

彼は離れている邦夷をそう呼びかけた。こちらを見かえった主君の側に人々を掻きわけて近づいて行った。

「失念していたわけではありませぬが――」

彼は袱紗に包んだ墨付きを差しだした。

邦夷はそれを見て、ちょッと身を退くように反りかえった。直ぐに手を出さなかった。かすかに逡巡するものを感じていた。しかしそのたじろぎはほんの一刹那であった。受け取った彼は袱紗をはらった、自分の掌のうえに、折りたたんだその奉書紙をいくらか横向きに睨んでいた。一座の視線は彼の手と眼に集まっていた。そうした注視を知っているのか知らないのか、がさがさと展げて、彼は誰にともなく云った。

「読もう」

彼は一句ずつ、区切り区切り脳裡に彫りつけるように口吟むのであった。ながくひっぱって日附けを読み、机の上にそれを置いたのにまだ視線を動さなかった。何か口の中でぶつぶつ呟いていた。その文言の味を噛みしめているような暫らくの時間が過ぎた。それからぬッと首を立てた。

「これで――」と彼は尖った咽喉ぼとけをぎくんと動かして「きまりましたぞ」と云った。

七

邦夷にとっては自分を納得させるこの言葉が、この場合、同時に、人々にとっては、申し渡されることであった。