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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

「誰だあ?――」とあちらの提灯持は二三間先で叫んだ。

「どうやら堀さんのようじゃの」と阿賀妻は眼をほそめた。直接に先方に射込むようなよく徹る声でまッ直ぐに云った。よろこびが彼の顔にみなぎった。小皺にかこまれた瞳がしっとりと湿って来た。

下使いの男は提灯をおろして一歩うしろに退いた。阿賀妻はその前を、手軽るに流木をとび越えてすッすッと進んだ。うしろから家中のものが駈けつけるのであった。動くにつれて、草や土や砂や、川水の色も見わけられるのである。

先方の堀も前に出て来ていた。

「この時刻に、どちらへ?」と、阿賀妻はその前に向きあって立ちどまった。

さッと家中のものは膝まずいた。相手の配下たちも堀を守るような位置にそれぞれしゃがんでいた。

「シップ――」と堀が小さい声で云った。

「拙者はイシカリ」

そして二人は、淡い灯りでちらりと目を見合せた。とたんに、完全に表情のない顔になっていた。その癖、お互いに関係したのっぴきならぬ所用を持っていた。それが火急で重大なことは、今のこの出会いが明瞭に語っている。期せずして心のうちに身構えるのであった。だが、隙は堀大主典の方にあった。