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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

「しかし、曲尺とすみ壺の仕事であるから――それを、あなた方がなさるとすれば、どういうことになるか?」

そう危ぶむ役人にむかい、そのときの阿賀妻はめずらしく血相をかえた。

「おちぶれたりとは云え、身どもらは武士」彼は歯をかみならして吼った、「二言いたすと云われてはこのまま引きさがられませぬ、拙者個人の恥辱ではない、よろしくと云われた堀どのの言葉も反故であるとするなら、拙者らこれよりサッポロにまいり、直接判官どのにお目にかかり、仕儀によっては――」

その阿賀妻が、傍らにいた松岡長吉の腕を捉えて駈けだした。ほのぼのと夜の明けるころであった。彼は役人に聞いた棟梁の一人をたずねて行ったのである。がらりと人格が変ったように、彼はそこの上り框に佩刀をおいて両手をつかえた。ながながと、慇懃に、身分姓名を名乗りだした。炉ばたにいて火を燃しつけていたお内儀さんは棒立ちになり、急に蒼ざめた。彼女はふるえながらあと退りに奥にかくれた。かわって出て来たのが亭主であった。彼はへえ、へえ――と頭をさげて隅の方を通り、急いで土間にとびおりた。さむらい自体には反感のようなものを持っていたが、身分ありげな特定の人にした手に出られると、棟梁三谷三次は遣りきれないのであった。