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いしかりがわ
石狩川
本庄 陸男
「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页
お内儀さんの云うことを単純に信じて来た彼は屈托なげに云った。
「風邪をひいたそうだ、生き身だからね――」
「風邪?――」と阿賀妻は咎めるように云った。眉根をしかめてしげしげと松岡を見つめていた。
それに気づくと彼もまただんだん暗い顔になって来た。なぜということもなく、そうだ――と頷くものがあった。その疑惑に、さらに――そうだ! と頷きかえして、彼は阿賀妻に、元気な声でいった。
「ご心配下さいますな、仕事の方は何とか片づけておきます、棟梁も、まアそれは、お前がいるので安心しておると、床のなかでそう云いましたが」
「それは勿論――ただ、この季節じゃ」と阿賀妻はうすく笑った。
彼は門田与太郎を見やった。そこで門田は横に立った同僚に向いて云った。
「ほんとの風邪だろうか?」
「ではもう一度見てまいりますでございます、あるいは?――」
この態度は大工の長さんではなかった。阿賀妻は何か考えることがあるようにそれをおしとどめた。
それはあの、犯人のない反抗の一種であった。誰がしたともわからない嫌がらせであった。次の日から注意ぶかく作事場を見まわった。それでもいつとはなしに鋸が見えなくなっているのだ。