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いしかりがわ
石狩川
本庄 陸男
「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页
――これは十八歳の男の胸にとっては、動かし得ない絶対の真実であった。そして彼は、何故か怖しくて、とても字に書いたように描くことは出来ないのだが、寝ても醒めても漠然としていて、しかもそのひと一人に通ずる歴きとした名前を、声にすることも出来ないくせに、はっきり呼びつづけていた。今も自分の心のうちでそれを大声に呼び、取りまいた群集のなかに彼女を捜していた。そして、ああ――、あッ、と発見したようであった。だが、どきんと心悸がたかまり、目先がぼーっとなってはッきり確かめることは出来なかった。その同じ位置につづけて一秒と眼をすえておくことさえ出来ないのだ。ついと顔をそむけ、眼窩にのこっているそのひとの顔をちらと考えていた。彼女は、誰か見知らぬ男のうしろ側に、その男の肩の下にかくれるようにつつましく立っていた。ま深かにかぶった手拭いのため、瞳もかくれてしまいそうだったが、そのときひょいと彼の方を見あげ、すると、彼女のみひらかれた瞼は、強わそうな長い睫毛で手拭の白い布地をぐっとおしあげたかと思われた。黒くて大きく底も見えぬほどの深い瞳が彼に向けて光った。
あるいはこれは祐吉の幻覚であったかも知れない。