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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

彼は隈の多い顔に目を光らせて、せわしなくあたりを見まわしていた。内心ひそかに阿賀妻の見えるのを待っていた。こういう乱れた座になって、はじめて彼には、中心になる阿賀妻という人間の大切さが解った。彼が傍らにいることがどんなに心強いか――それを考えていたのである。だから、冷酒の酔いは頬の周囲を赤く染めただけであった。

彼は門田与太郎の袖をひいた。

「そろそろおひらきにしようか」

「何でえ」

棟梁が聞きとがめてそう云い、ひらき直るのであった。

彼は棒のように痩せた逞しい風体をしていた。生れつき色白な皮膚に渡世のしみがまだらに浮んでいた。相当の年輩に達しているのだ。恐らく、わかい頃、道具箱ひとつ肩にかついで渡って来たのであろう。やがて拓けるであろうというこの土地に、ただ何となく本能のようなものに導かれ、辿りついた。都合よく仕事にもありつくし、そのうちには妻もめとって棲み馴れた。それがこの場所であった。そういう彼は、朝はやく目ざめまぎわの清澄な心のときには、義に感じて一肌ぬごうという気持にもなったのである。それも偽らぬ心であったと同時に、追々と界隈の人気や、勢力家の好悪、その人たちの考えなども伝えられ、うっかり税庫の棟梁をひき受けた自分のうかつさをくやむ気持も真実であった。