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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

八

素木の白さが見えるようであった。彼の帰りを待ちわびて木屑などを燃しはじめたのであろう。

にげることは出来なかった。そのとき彼の一切は無になった。

明日、自分がいなかったら、あの普請は出来ないのだ、――彼はそれだけのことを自分に云って聞かせ、そして、あとはどうでもよくなった。何かたいへん気持のよいのんびりした気分のなかで、ふわりと身体が浮んだのである。

「門田――たのむ」と彼は叫んだ。そう思った。

八

朝まで彼は叫んでいた。けむりのように弱まった意識のうちで、そのことだけはありありと浮び、徐々に濃くなり、凝固して来るかのようであった。

「たのむよ、門田」

「よしよし」と、その当人は鼻をおさえて大きな声をだした。

頭にまいたさらし木綿は滲みでる血で褐色に染まっていた。打撲の皮下出血や裂傷から無理に吹きだした血の色であった。それが凝結し変色して、人相も見えないほど深い繃帯にくるまれていた。川のほとりに打ちたおれていたことも、発見されてかつぎこまれたいきさつも彼は知らないのだ。焼酎で洗われた傷口の疼みなどもいつかの夢のように遠いかすかな記憶であった。従って、執拗いほど門田与太郎を呼んだことも、耳許で喚きかえされてようやくそれと感づいた。