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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

「阿賀妻どの」と彼は云った。誰も身じろぎも見せなかった。

「拙者にそのお役目をおまかせ下さい」

一気にそう云った。けれども同じ静寂であった。何か――その声だけが空にふわふわ漂ったようであった。あたりの闇に白々しく描かれて宙に浮かんでいる。取りつくしまもないのだ。

やっと阿賀妻の口が動いた。

「路すじはそのものが存じておる」

そのもの――と指された案内人は、衝かれたように腰をひょろつかせた。それほど声はきびしく圧えつけるものがあった。われ知らず頭がさがって、心より先に身体が平たく畏ったように見えた。

いずれにしても、それらは翌日の予定であった。

焚火の焔は伸びたりちぢんだりした。

そして、夜明けの冷気は、山に寝ている彼らの骨身にまたしてもこたえるのである。馴染まない土地の息吹きは荒々しかった。彼らの皮膚は脅えている。小粒になったが雨はまだ降りつづき、木の葉や草の葉はしょうしょうと鳴りつづける。

身近かで一発の銃声がとどろいた。

「どうなされた?」

焚火は大部分は白い灰になって周囲にひろがっていた。そのむこうに、大野順平の後姿が見えるのであった。杖づいた銃の筒先からうっすらと煙が垂れていた。