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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

落ちかかる雫が、ざんぎり頭の毛を濡らした。射止めた鹿の生命はまだ微かにその四肢の先に残ってぴくんぴくんと痙攣していた。

「火を慕って来おったのかも知れませんな」

「そうかも知れぬ」

大野順平は腰をかがめて、その後脚をつかみあげた。そのとき斃れている鹿の眼がしわりと瞬いたのである。玉目三郎は思わず一足うしろに退った。

「どうした?」

「いや」

「気をつけて行って貰いたいものだ」

年輩の男は、舎弟を見るようなやさしさをこめてそう云った。

燃え残りの木に土をかぶせ、簑や笠の緒をしめた彼らはまた出発するのであった。谷川の水はひどく殖えていた。せっかく乾した足ごしらえも長くは保てなかった。岩にくだける水流に追われて彼らの一行は下って行った。

進むにつれて平原に出ていることは、岸と水面との差が追い追い小さくなって来るのでもそれと知ることが出来る。草の色もちがって来た。アヤメの花がべったりと、樹林の切れめに咲いていた。水の流れも落ちついて来た。

「よく降る」

「されば」と戸田老人が注釈をつけた、「郷里ではあたかも梅雨の季節でござる」

枝川の流れは湿地のなかに散らばり、右手から押し出して来る、より大きな流れに呑まれていた。