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いしかりがわ
石狩川
本庄 陸男
「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页
「いや、そのまま」と正面の阿賀妻がとめて云った、
「なじみ深いこの土地のすがたを、拙者、今しばらくながめさせて頂きたい」
「そこで婿どの――」と隠居は手をたたいた、「先日からのお約束じゃ、一筆揮うて貰いましょうか、詩藻はかれぬうちがよい、折柄、朝のすがすがしさでもあり――」
笑いながら彼は阿賀妻の顔を見つめた。
呼ばれた女中に、老人は「あれ――」と云った。その曖昧な指図に使いの女は戸惑った。すると彼は大きな声で云い足した。
「離れに行って婆アさんにそう云いなさい、じじいの欲しい――その、あれだ、直ぐわかる」
そのものが頷いて立ち去ると、彼はそれについて説明するのだ。
「今日こそは今日こそは、と、婆さんと二人で、そなたの閑をねろうていたのよ、今こそその折をつかまえたと云うものじゃ――」
長くは手間取らなかった。その通り、あれは直ぐわかったのである。白髪をかきあげた婆さんは、手箱の上に大きい筆と硯をのせてかかえて来た。彼女は、彼女のながい人生に必要のない余計なものはみんな、吝しげも無くすてて了って、今では血の色まで透きとおっていた。そう思われるほど白く、こちんとかたまった顔をお爺さんのわきに並べた。