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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

阿賀妻は沖に向って顔をそむけた。その船首には白い地に赤く円を染め抜いた国の旗が、ゆるやかに翻っていた。

彼は一足うしろに退った。なぜか、注視するにしのびない激動が彼の全身を貫いた。その前に水夫たちが駈けよった。上と下で何か喚きあってタラップがおろされていた。

阿賀妻は、そこに佇立して、乗りこんで来る家中のものに一々挨拶をしていた。最初に邦夷が上って来た。何も云わず目礼して過ぎた。なかには気づかぬものもあった。家族のものは何かぼーッと虚ろな顔になっていたのだ。旅なれぬ女や子供にとって、こういう変化は気を動顛させているのだろう。彼らは船夫に導かれてそのまま船室におりて行った。

大沼喜三郎があがって来てそれで段梯子は人足が絶えた。

二人は久しぶりの会見のような気がした。大沼は出てもいない額の汗をぬぐって、やっぱり陸を見ながら云った。

「これだけでございました、とにかく――」

その言葉で現実を取りもどしたのだ。

荷物を積んだ二はいのはしけが埠頭を離れかけていた。

「聞こう――」と阿賀妻が云った。

「殿の説得もあやつらには通じないのでした、そういう仕儀になっとりました、な」