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いしかりがわ
石狩川
本庄 陸男
「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页
早朝の露っぽい路が海岸に向けて、ぼんやり見わけられた。砂浜に出て、それはイシカリの港に到るのである。地表には靄が立てこめて、おぼろな薄明が野に吸われつつあった。
いくらか下り勾配になったその路を、阿賀妻はすたすたと歩いて行った。切り株に腰かけた邦夷が塑像のように堅くなって見送っている。前向きの阿賀妻に、背後のそれがありありと見えるのだ。思うことの十分の一も口に出して云えず、潜ませた瞋恚は奥歯のなかで人知れず軋んでいるにちがいない。
まがりなりにも城主であったものが、仮小屋のなかに孤りで起居している姿は哀しかった。もとの家臣にとっては気持の負担であった。本来ならばそういう苦しみはすべて家臣が引き受けるものであった。封禄の授受のある限りは少しも不合理と考えられぬ観念であった。しかし今日は異った。しかしまた、事ここに到っては、再びその紐帯にたよって――つまりはその関係を利用することによって、刻下の危機をきりぬけねばならぬところまで来ていた。
阿賀妻の腹は決っていた。万一ともこの交渉が失敗したならば、責は彼自身のものであって、それ以外ではない。彼らの父祖が訓えたように、相果てるまでだ。