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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

こちらを向いて膝まずいている。その服装は、附近の土民や漁夫のものではなく、あきらかに家中のものであった。しかも容姿をととのえて、砂の上に端座して誰かを待っていたのだ。この季節のこの時刻に、誰がこの路を通るというのだ? ――阿賀妻以外ではない。

「お待ちしておりました――」

彼女は両手を砂に刺しこみ、きっと顔をあげた。眉の剃りあとが青かった。ふくれた二重まぶたは上下にひき開けられていた。蒼みがかった眼球の中央に、瞳は黒ずんで動かない。むすんだ唇にはおはぐろの色がにじみ出している。

女に路先をよぎられた阿賀妻は見る見る不快げな顔になった。それは迷信と知りながら、もう制御しきれない怒りに近い気持であった。短かく、ぶっきら棒に彼は云った。

「何か、用か」

「はい」

「拙者は急ぎの身体――おてまえはどちらのお女中じゃ?」

彼は女を避けるように大まわりして歩を運んだ。つきとばしてしまいたかった。せまい女心は、気が狂ったのかも知れないと思った。苦労は十二分に――阿賀妻こそ、それを甞めつくしている。

「はい――」と彼女は目を伏せた。

えり首や、鬢のかげにふっくらと――動くたびにちらついて見える桜色の耳朶などを見おろして、彼はちょっとの間その返事を待った。