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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
日本へ帰ればすぐとりかからなければならない大規模な大学校舎と病院建築の予定があった。イギリスの王立美術院の名誉会員である便宜を利用して泰造は、時にはノッティンガムまで出かけて大学や病院の視察に歩いていた。
和一郎夫婦をミセス・ステッソンのところへ落つけた今は、多計代も心に軽やかなところができたらしくて、ケンシントン・ガーデンの芝生の上で集って来る雀にパン屑をなげてやりながら、ゆっくり茶の時間をすごしたり、つや子をつれてテート画廊を見に出かけたりしていた。大使館関係の夫人たちを訪問したりもしている。ロンドンでは、言葉がわかるということが、泰造をくつろがせ、多計代の神経をも楽にした。しかし一行のなかでつや子の立場が宙ぶらりんなことは、パリにいたときとちっともかわらなかった。ロンドンのホテルでも、つや子の寝台は夫婦の寝室にもちこまれていた。イギリスのいわゆるちゃんとした家庭のしきたりからみれば、つや子ぐらいの少女に家庭教師をつれずに旅行している佐々の一家は、いわば泊っているホテルの格にあわないとも云えるものだった。泰造や多計代は、そういうことに頓着していなかった。