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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
十
起きていても苦しく、ねていることもできなかった。伸子はうめきながら素子の手をつかまえて、それを脇腹だの苦痛でゆがんだ顔などにあてながらベッドの上で前へかがみ、うしろにそりした。
十
明るすぎる電燈の光が顔の真上からさしている。伸子は、やっときこえる声で、
「まぶしくて」
とつぶやいた。伸子の瞼の上にたたんだハンカチーフのようなものがのせられた。伸子にだけくらやみが与えられた。そのくらやみにもぐっているような伸子の耳のつい近くで絶え間なく話し声がしている。話しているのは女と男とだった。彼等はロシア語でない言葉で話している。ゴットとかゼンとかミットとか。ドイツ語なんだろうか。女は入れ歯をしている。ああいうシュッ、シュッという音は入れ歯をした人間だけが出す音だ。いつまでしゃべるんだろう。もうさっきから無限にずいぶんながくしゃべっている。しゃべりつづけているようだ。伸子は、話し声をうるさく感じながら、同時に胴全体をくるまれたあつい湿布はたしかにいい心持だと思った。しきりに口が乾いた。伸子がそれを訴えるたびに、ふくろをむいて、お獅子にしたミカンが伸子の唇にあてがわれた。