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どうひょう

道標

宮本 百合子

第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页

青空文庫

「僕はそう思わない。――僕が思わないんじゃなくて、実際にそんなもんじゃない。――佐々さん、何をおそれているんだろう、僕にはわからない」

蜂谷は伸子の腕をとって歩きはじめた。

「佐々さんは全く自由なんじゃないか」

「そうよ」

自分の心を見張っているように、伏目になって歩きながら、ゆっくりした二人の歩調にあわせて伸子が答えた。

「それは、わたしは自由だわ……だけれど、わからないことは、やっぱりわからない」

「何がわからなくちゃならないのさ」

「――わたしにはわたしの気持。あなたには、あなたのきもち」

「そんなことは、もうわかりすぎてる。僕は毎日毎日考えつづけたんだ」

「――なんて?」

「佐々さん、どうしてきみはそんなにいつものきみでなくなろうとしているんだろう」

恋とはちがう衝動、むしろ憎みに近かったとっさのふるまいが自分と蜂谷との間にある――接吻という形にあらわされて――。蜂谷良作に会うことを拒まず、肩を抱かれるようにして田舎道を歩いているけれども、伸子の心のどこかはいつも目を明いていて、これは恋でない、と云っている。ああ、伸子さんは接吻のしようもしらない! そのひとことが、あんなに自分を猛々しくした。