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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
「おどろいたね」
床の間にきれいなバラがいけてあった。
「先生その前へ行って、両手でその美しいバラを食っているじゃないか」
そこまできいて、伸子ははっとした。すべてのいきさつは、何とその作家らしいだろう。バラが美しくて、そんなに美しいものなら、命のたしに食べていいものだと思えてバラを両手でたべたところ。同じ作家について同じころにいくつかの話もつたえられたが、都久井俊吉とバラの花のこの物語は、この作家のこころの精髄をしぼり出している。常識の平均は失われていて、しかも美しさを感じる心がそのように切なく発露する都久井らしさに、伸子はうたれたのだった。
この切実な逸話が、話しては美術家だというのに、ただバラをくった、というところから語られているのは何としたことだろう。人々の笑いが伸子に堪えがたかった。笑わない伸子に蜂谷の視線が向いた。伸子はそれを感じる。だが、伸子はこたえない。蜂谷に笑える。――それは彼の生活のことなのだった。
都久井は花柳界のある土地に、一人の情人をもっていたが、日ごろからはにかみやで、親しい友人であるその美術家と一緒でも、決して人前でその情人の手をにぎったり、接吻したりはしない。