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どうひょう

道標

宮本 百合子

第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页

青空文庫

そのことは弟が芸術家として生きるということについて、一層懐疑的にしたのでした。当時私はうかつでした。それほどの影響だと思いませんでした。――念のために申し添えますが、この点について私と弟との考えは必しも同じではありません。随分考えましたが私が間違っているとは思えません。こういう細かしいことは、いずれまたお目にかかれます折に。私は一所懸命元気であろうとして居ります。彼の良心を思えば、私は最善の生きかたをしずに居られません。

――四月と云えば、日本で多数の共産主義者が検挙された四・一六事件のことであった。伸子はパリでちょっと、そのことをきいた。日本の新聞は、事件から七ヵ月も経った十一月二十日すぎに記事解禁になって、伸子は、モスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)へ帰って来てから、きのう素子の本棚の下から引き出した新聞でよんだ。

蕗子の弟は、伸子たちがモスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)へ来てから後、上京して、姉と暮しながら研究所へ通って洋画の勉強をしていた模様だ。蕗子は、伸子を共通な悲しみの先輩として語っている。しかし、蕗子の切なさは、伸子の経験よりも深い独特なものだと考えられた。