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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
カーチャは、ゆたかな胸を波うたせながら油雑巾をつかい、
「全くですよ、女はいつだってとりのこされてしまうんだから」
そして、前歯が一本ぬけている口元で、彼女の働きぶりを見物している伸子に笑いながら、
「教える者のあるうちに学べ」
急ごしらえの格言のようなことを云って、バケツをさげて出て行った。
伸子が住んでいたアストージェンカの建物が直接区の住宅管理委員会に属すようになったとおり、パッサージのホテル経営も、これまでより緊密にモスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)の人民食糧委員会に管理されることになったらしかった。ある朝、お茶の湯をとりに台所へ出かけた伸子は、台所の入口と食堂の入口との中間の廊下へテーブルを出して、そこへ帳簿とソロバンとをそなえつけている若い婦人を見出した。正餐に食堂へ行ったとき、白いブラウスをつけ、白いプラトークで髪をつつんでいる彼女は熱心にソロバンを置きながら、サーヴィスされる正餐の勘定をしていた。
外部からそういう監督的な立場の婦人が通って来るようになって、ホテルの廊下――従業員休憩室、事務室、食堂、厨房の間を流れていた小ホテルの、のんきな雰囲気が、どことも知れず変った。