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どうひょう

道標

宮本 百合子

第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页

青空文庫

――誰もいやしないのに」

「なに、あいつらのどっちかだ」

はなれたところにいる男たちをにらむように、素子が云った。

「うしろを通りぬけたと思ったら、もう撫でやがった」

素子は、おこった表情で、けんかでもしかけたように下顎をぐいと掬い出して、また男たちの方を見かえった。

「見ないでおきなさいよ」

伸子が、半ばおかしさをこらえたまじめさで注意した。

「なお面白がることよ」

「パリの男って、何て器用な撫でかたしやがるんだろう。さわったかさわらないで、ちゃあんと撫でてやがる」

メトロが来た。伸子がさきに乗りこんだ。つづけて乗りこもうとしたとき素子が、伸子にもきこえたほどきつく、

「チェッ!」

と舌うちした。

「どうしたの?」

「また撫でやがった」

しかし、男たちは、伸子と素子の乗ったその車室のなかへは、はいって来ていないのだった。

四

二つ並んでおいてある寝台の一つに、素子が臥ている。シーツを体の上にかけて、左の頬っぺたへ当てている氷嚢がずり落ちないように、白い布でくくった蝶むすびがつったっている。頭を、高く重ねた二つの枕の上において。激しい歯痛がおこって、昨夜ちっとも眠れなかった素子は、氷を当ててからやっと落ついた。