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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
行先のきき間違いとわかったことは、伸子を安心させた。
運転手は、あっち向きのまま、雨だれのような伸子の言葉を背中できいていたが、
「あなたは、デュトへ行くのかね」
くるっと太い首をひねって伸子を見かえった。
「そう! そう!」
坐り直してぐいとクラッチをふみながら、運転手は見えない唾をはくように悪態をついた。
「悪魔!」
チョルト! それをききつけたとき伸子の顔があからんだ。モスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)の「チョルト」! 自分にわかるロシア語。運転手は、偶然にもパリに沢山来ているという亡命ロシア人の一人だったのだ。伸子は、いきなり座席の上からのり出して、鳥打帽の運転手の縞背広の背中に向って喋り出した。
「多分、あなた、ロシア語がわかるでしょう。わたしはデュト街の五八番へ行かなければならないんです。病人があって、医者を迎えに行くんです」
運転手は、伸子のいうことには、ひとことも返事しなかった。しかし、やがて止ったのは、見覚えのある磯崎の住居のがらんと四角くあけっぱなしの薄暗い入口だった。
タクシーから降りながら、伸子はまたロシア語で云った。
「ここから医者のところまで、わたしは又タクシーにのるんだけれど、あなた、待っていていいなら待っていなさい。