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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
それに、磯崎さんに話すにきまっているでしょう。須美子さんが本気で話したにしても、磯崎さんが、宣伝だろう、なんていうかもしれないと思うと、なお云えなくなっちゃった」
しばらくして、素子は、実際的な口調で、
「いずれにせよ、田舎へやってある子供の病気ってのが、何でもなくすめばいいがね」
と云った。帰りしなに、上の子供をあずけてあるフォンテンブローの田舎の主婦から、手紙で、この二三日すこし子供の調子がわるい、と告げて来ていると云ったのだった。ドアのところで、二人の手を握りながら須美子は、
「こんやは、ほんとにありがとうございました」
と、云った。
「おかげさまで、わたし、元気がでましたわ」
そして、黒いおかっぱと、黒い眼のなかで、ほほえんだ、そのとき、田舎からの手紙のことが簡単にふれられたのだった。
第二章
一
七月一日にマルセーユに着く予定の佐々の一家五人は、少女のつや子までをふくめて五月二十五日ごろ神戸を出帆する郵船の船にのったはずだった。
そのことについては伸子と素子とが四月二十九日にモスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)を立って来る前、東京と打ち合わせたきりであった。