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どうひょう

道標

宮本 百合子

第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页

青空文庫

伸子の心は次第に重心を沈め、心の足の裏がふみごたえある何ものかにふれはじめた感じだった。それは伸子に、ものを書きたい心持をおこさせはじめた。

丁度そのころ、モスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)の雪どけがはじまった。伸子の住んでいる建物の板囲いのなかにも、往来にも、並木道の真中にも、雪解けで大小無数の水たまりが出来た。昼間、カンラカラララと雨樋をむせばしてとけ落ちている屋根の雪や往来の雪は、はじめのうちは夜になるとそのまままた凍った。柔かい青い月光が、そうやって日中に溶けては夜つるつるに凍る雪を幾晩か照し、やがて、もう夜になっても雪は凍らなくなって来た。そうなるとモスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)じゅうはねだらけの、ほんものの早春が来た。馬も人もはねだらけになって往来し、冬のうち積った雪に吸いとられていた生活の音響がゆるんだ雪の下からいっせいに甦って来た。道のひどいぬかるみと、抑えるに抑えきれないような生命のそよぎ、歩くどの道もいまにも辷りそうにつるつるしたこわさなどで、にわかに重さの感じられる冬外套の下で伸子は汗ばみながら上気した。