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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
そして、いきなり、前おきなしに、
「わたしの本当の名はニューラじゃないんです」
と云った。
「エウドキアなんです――でも、ここのひとたちはわたしをニューラとしかよばないんです」
伸子は、思わずニューラの浅黒くてこめかみにこまかいふきでもののある若い顔を見つめた。その顔の上には、どう云いあらわしていいかニューラ自身にもはっきりわかっていない自身のめぐり合わせについての訴えがあった。伸子の眼に思いやりの色があらわれた。その伸子の眼をニューラも見つめた。夜の物干場のしめっぽくて石鹸の匂いがきつくこめて居る空気の中で、ほしものとほしものの間に向いあって、瞬間そうして立っていた二人は、やがて黙ったまま入口のドアの方へ歩き出した。ニューラが、黙ったまま鍵をあけ、外へ出て二人のうしろへ鍵をしめた。跫音を反響させながら、再び人気ない階段を下りて来た。
四階まで下りて来たとき、伸子がきいた。
「ニューラ、あなたの月給はいくらなの?」
「十三ルーブリです」
「…………」
もうじきで三階の踊場へ出る階段のところで伸子が、
「ニューラ、あなたがたの組合があるのを知っていて?」
ときいた。