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どうひょう

道標

宮本 百合子

第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页

青空文庫

いつも冷静に、厳粛にしているエレーナの黒服につつまれた細いからだには、こんな荒々しい情熱がひそんでいた。伸子はそのことにおどろかされた。エレーナとしては不意に中断されて、それっきりすっかり消えてしまった半生の最後に響いたマズルカの曲が、いまこの夏の終りの雨が降る人気ないヴェランダで伸子の手をつかんで立たせる衝動となってよみがえって来たのだろう。エレーナは非常に軽かった。彼女にはまだまだマズルカをおどるエネルギーがある。伸子はエレーナにリードされてヴェランダの床をギャロップしながらそう感じた。でも、いつ? そしてどこで? また誰とエレーナはマズルカを踊るだろう。彼女は昔よろこんで踊ったマズルカがあったことさえ今語ろうと思ってない。彼女にも憎悪があるのだ。ペラーゲア・ステパーノヴァの心臓のかわりに、エレーナは彼女のがんこな黒服をまとっている。説明ぬきで――説明するよりも雄弁に彼女が喪ったもののあることを表徴して。折からさっと風がわたって来て大楓の枝がなびき、欄干の近くを踊りすぎる伸子の頬に雨のしぶきが感じられた。反対側の広間をよこぎって素子の来るのが見えた。