轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
多計代は、そのとき保とともに心ゆくばかり泣いて、死のうとした保の純情に感動して、それで自分としてはすんだように思ってしまっていたのではなかろうか。さもなくて、どうして、夏、がらんとした動坂の家へ保をおいて自分たちだけ田舎へ行ってしまう気になれたろう。伸子は、くちおしさに堪えなくて、自分の拳で自分のももをぶって、ぶった。伸子たちがモスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)へ来る年――去年の夏、相川良之介が自殺したのも八月だった。その何年か前武島裕吉が軽井沢で自殺したのも八月だった。どちらのときも、その前後は、ことのほか暑気きびしく、と書かれた。ほんとに保が多計代の情熱の子ならば、何かの不安から保のそばをはなれかねる気分が多計代になかったという方が、伸子にすれば納得しかねた。父の泰造も、三月のとき、保に自殺の計画をわすれさせ、生きさせるために何一つ強硬な努力を試みていない。――ほとんど、ずるずるに、こんどのことまで来ている。保がメロンの駆虫用ガスの効果をしきりに研究していたことについても何一つ勘を働らかせないで。――
去年の夏、相川良之介が死んだとき発表された遺書を、もちろん保も読んだだろう。