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どうひょう

道標

宮本 百合子

第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页

青空文庫

どっちかというと蒼白いぬけめない顔の上に気のきいた黒い髭をたてて大柄でたるんだ細君よりずっと若く見えるソコーリスキーは、皮肉そうに本気にしない調子でそう云った。

「日本でも――概して母性というものは、驚歎に価しますか?」

食後のタバコをくゆらしていた素子が、そんな風にいうソコーリスキーの気分を見ぬいた辛辣さで、

「どこの国でも、雛鳥をもっている牝鶏にかなう猫はありませんよ」

と云った。

「なるほど! それが真実でしょうな」

皮ばりのディヴァンにふかくもたれこんで、よく手入れされたなめし革の長靴をはいた脚を高く組んでいたソコーリスキーは、

「さて」

と、ルバーシカのカフスの下で腕時計を見た。

「失礼します。こんやはまだ二つ委員会があるもんですから。――必要なことは、何でもアニュータに云いつけて下さい」

ルイバコフの家庭には、いかにも下級技師らしい生活の気分があり、正直と慾ふかさとがまじっていたが、飾りけがなく、そこで働いていたニューラの体からしめっぽい台所のにおいがしていた。ソコーリスキーの家庭の雰囲気には、上級官吏らしい艷のいいニスがなめらかにかけられていて、伸子はなじみにくかった。