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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
「わたしも手術はきらいです」
天気のいい午前十一時ごろで、大気はつめたくひきしまっているけれど、三月の日光は晴れやかにその爽やかな大気を射とおし、伸子が運搬車で押されて行くふみつけ道のあたりのしずけさのうちには、樹の枝々からとけた雪が、地面にまだ厚く残っている雪の上へしたたり落ちるかすかなざわめきがあった。伸子はまる二ヵ月ぶりで外気にふれたのだった。手術をしないでいいときまって、しんから安心した伸子の体にも心にもよろこびがあふれた。長い冬ごもりからとかれた動物が春の第一日の外出で、自分の巣をもの珍しげに勿体ぶって外から眺めるような感情で、伸子は菩提樹並木の彼方の平屋建木造の内科病室を眺めやった。
その午後、病室にあらわれた素子を見るなり伸子は、
「万歳よ!」
握りあわせた両手をすとんとベッドのかけものの上へうちおろしながら告げた。
「悪魔退散よ! 手術しないでいいときまったことよ」
そして、上機嫌のおしゃべりで、伸子はけさ外科へ診察のため運搬車にのせられて出かけて行ったことや、久しぶりの外気がどんなに爽やかで気持よかったかということや、雪どけの道で、どんなに多くの悪魔の黒い穴を見つけたかという話をした。