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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
フロムゴリド教授の回診のとき伸子は、外国の温泉行きの話を出しかけたばかりだった。日本にいる家族がフランスへ来る。自分はどこかの温泉へ行って暫く休養した上でフランスで家族に会って来たい。伸子がそう言ったら鼻眼鏡をきらめかせ、鼻にかかった幾分甲高い声でフロムゴリド教授は、
「それはすばらしい!」
と、診察用の椅子にかけている白い上っぱりの上体を前へかがめるようにした。しかし、まだ話はそれぎりのことだった。
ナターシャが、一日一日と近づいて来る休暇をたのしみにしている様子は、感動的だった。彼女は相かわらず勤勉に勤務し、必要な任務をすべて果し、そういう勤務ぶりで来ようとしている二ヵ月の有給休暇をまったく自分にふさわしいものにしようとしているようだった。ナターシャは毎朝おきると、さあ、あともう何日という風に若い夫と数えて暦の紙をめくるらしく、うけもち患者の一人である伸子にことさら言う必要もない自分たちの計画のたのしさが、勤務中彼女のはたん杏の頬にこぼれて感じとられることがあった。
「ナターシャ、あなたを見ていると、わたしまで何かいいことがありそうなきもちになることよ」