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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
頻繁で多様なそれらの車馬の交通は、街の騒音を小味に、賑やかに、複雑にしている。こうしてウィーンの街はどっさりの通行人にみたされて繁昌しているように見える。だけれども、こんなに店があり、こんなに使いきれないのがわかっているほど品物があり、しかもどの店の品も真新しく飾りつけられているのを眺めて歩いていると、伸子はウィーンがどんなに商売のための商売に気をつかっているかということを感じずにいられなかった。ウィーンは、パリともロンドンともニューヨークともちがった都会の味――小共和国の首府としての気軽さをもちながら、その程よい貴族趣味と華麗で旅行者をよろこばせるように工夫されている。オペラと芝居のシーズンがすんでしまっているウィーンでも、ウィーンという名そのものにシュトラウスのワルツが余韻をひいているようだった。
鞣細工品の店頭の椅子にかけて、素子は自分たちの前へ並べられた男もちの財布の一つを手にとり、しかつめらしくそのにおいをかいでいる。店員が、
「これはすばらしい品です。かいで御覧なさい。いいにおいがしていましょう? すぐわかります」
と云ったからだった。伸子は、気のりのしない表情で、皮財布のにおいをかいでいる素子の様子を見ていた。