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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
「こりゃ、黒川君のまけだね」
面白そうに、わきから素子が云った。
「ロシアじゃね、黒川君、労働者住宅は労働者がそこに住むために建てられているんで、外国人に見せたり、エハガキにしたりするために建てているんじゃないんですよ」
「まあ、見ていらっしゃい」
深い確信に貫かれているように黒川が反駁した。
「いまにロシアの労働者も、ここみたいにエハガキでも何でも自由にこしらえられるようになって御覧なさい。きっと、売るようになるんだから。――人情なんてものは、国によってそうそうちがうものじゃないんです」
「変だわ、黒川さんの話は。みんな逆なんだもの――」
もうこれひとことだけ、という顔つきで素子を見ながら伸子が云った。
「ロシアの労働者が、何でも自由にこしらえられるようになった時こそ、あの人たちはなおエハガキなんか売る必要のない生活をもつようになるのに――」
ウィーン出発をひかえて、それまでにすまさなければならない用事はみんなすみ、伸子たちにとってその日の用事は、このカール・マルクス館を見るだけだった。ここをいそいできりあげて、うららかな午後ののこりの時間をどうすごす計画もなかった。