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どうひょう
道標
宮本 百合子
第一部「展望」筑摩書房、1947(昭和22)年10月号~1948(昭和23)年8月号<br> 第二部「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年9月号~1949(昭和24)年5月号<br> 第三部「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年10月号~1950(昭和25)年2月号、1950(昭和25)年4月~12月号<br> 資料「展望」筑摩書房、1949(昭和24)年8、9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 846,457 字 · 1672 页
黒川隆三とのくいちがった話にあきて、伸子は一人でぶらぶら石段を斜面のなかほどまで下りて見た。その石段のなかほどから見おろすと、町の眺望が低くはるか左右に展けて、少し西にまわった太陽をまともに受ける遠い建物の窓々のガラスがいっせいにまばゆく燃えたって見えている。
その眺望を面白い感じで見ながら、伸子はこのカール・マルクス館についてふっきれない味をうけている。これと同じようなきもちは、クーデンホフ夫人の客間でも感じた、と思った。東京に生れた光子という美しい日本婦人が、明治の初年、外交官として東京に来ていたウィーンのクーデンホフ伯爵夫人となって、一生をウィーンで過していた。オーストリアが共和国となってから、そのクーデンホフ伯未亡人は、額のひろい、やせぎすな末娘と二人で、郊外の別荘につましく生活していた。数年来、半身不随の老婦人は、レモン色の細い毛糸で編んだ優美な部屋着につつまれて、長椅子にもたれていた。そのヴィラの、小砂利のしかれた入口の細道にも狭い庭にも折から紫のライラックが満開で、その花房は剪られて、柔かなレモン色にくるまれた老夫人のわきの卓にもあふれるばかりもられていた。