轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

さこく

鎖国

和辻 哲郎

日本の悲劇

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 443,306 字 · 875 页

青空文庫

琉球はすでにシャムとの貿易を開始し、蘇木や胡椒のような南方の特産を手に入れていた。そうしてそういう産物を盛んに朝鮮へ輸入していたのは、琉球人自身ではなくして、九州の諸大名であったのである。従って琉球の南洋貿易商と九州の諸大名との間の密接な聯関は疑うべくもない。やがて一四三〇年からはジャバへも琉球船が行くようになった。十五世紀の後半になると、シャムよりはむしろマラッカの方が琉球船をひきつけた。そういう点で琉球船は九州の貿易商の先駆の役をつとめていたのである。

再び倭寇に苦しみ始めた明は、この琉球を介して日本との公認貿易の再興を企てた。足利義持の歿後四年目、一四三二年に、明の宣徳帝は、琉球中山王尚巴志の手を経て新らしい将軍義教に呼びかけて来たのである。これは或は日本と密接な関係のある琉球人の入智慧であったかも知れない。効果は覿面であった。同年直ちに遣明船五隻が出発し、翌年五月使者たち二百二十人は宣宗の盛大な歓迎を受けた。そうしてさらにその翌年の帰航の際には、明の使者の五艘の船を伴ってきた。将軍への贈り物として、多量の豪華な織物類や道具類がもたらされた。