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さこく

鎖国

和辻 哲郎

日本の悲劇

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 443,306 字 · 875 页

青空文庫

。ヤソ会士は、抗議を持ち出すためには、おのれの追放令違反を白日の下に曝露しなくてはならない。この窮境に立って、彼らのフランシスコ会に対する憤懣は一層深まって行ったのである。

フランシスコ会士の無思慮な活動によって、日本布教は実に危険な瀬戸際に立たされていた。そこへ丁度二つの事件が一緒に起った。一つは一五九六年八月に最初の日本司教マルチネスが来着したこと、他は同年十月にスペイン船サン・フェリペ号が土佐の浦戸港に入ったことである。

日本に司教を置くことは、大分前から計画されていたが、フランシスコ会の攻勢を憤ったヤソ会は、それに対抗するため急いで実現したのであった。司教はローマ教会の制度であるから、会派の別なく指揮権を持つことができる。その司教にヤソ会士が任命せられれば、フランシスコ会士の活動をもヤソ会の方針に従って統制し得るのである。マルチネスはゴアで日本司教に就職し、七人の宣教師をつれてやって来た。そうして小西行長の斡旋により、インド副王の使節として、十一月に伏見で秀吉に謁した。

スペイン船サン・フェリペはマニラを発してメキシコへ向う途中、颱風で船を破損し、修繕のため浦戸へ入港したのであったが、船員の保護や修繕の許可を得るため使者を大坂に送った。