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「やまとみんぞく」とはなんぞや

先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選

喜田 貞吉

喜田貞吉『先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選』。同一底本的分册已合并为一书。收入:「日本民族」とは何ぞや、「ケット」と「マット」、奥羽地方のシシ踊りと鹿供養、火葬と大蔵、くぐつ名義考、国栖の名義、国号の由来、時勢と道徳観念、周防石城山神籠石探検記、炭焼長者譚、長吏名称考、憑き物系統に関する民族的研究、手長と足長、道鏡皇胤論について、間人考、人身御供と人柱、法隆寺再建非再建論の回顧、本州における蝦夷の末路、オシラ神に関する二三の臆説、サンカ者名義考。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,063 字 · 389 页

青空文庫

金堂の壁画を以て、高麗の僧曇徴の筆となすが如き、鎌倉時代にだもかつて無かった夢の様な珍説とともに、平気で非再建説を書いていたのは無論である。

しかしながら明治の学界は、古美術、特に古建築物に関する研究を、永く寺伝言うが儘に放任し、また記録いじりの学者のみに委任してはおかなかった。明治二十九年に工学士伊東忠太君は、その建築学者としての立場から実地について調査を重ねられ、「法隆寺建築論」と題する精緻なる研究を考古学会雑誌上に発表せられた。ついで三十一年にはそれが東大工科大学紀要となり、同君はこれに依って工学博士の学位を贏ち得られたのである。同君の新研究は、勿論実物上の調査を主としたものではあったが、しかも一方文献上の調査についてもまた怠るる事なく、結局その再建非再建に関しては明白なる断定を下さるるまでには至らなかったとしても、少くもその再建論について深甚の疑いを有せられた事は、十分これを看取するを得べく、これに由って法隆寺に関する史的研究が、確かに一新時期を画するに至ったと謂ってもよい程の立派なものであった。

伊東博士の法隆寺について研究を重ねておらるる間に、同じ建築学者であり、また技術家である工学士長野宇平治君は、建築雑誌上に「法隆寺の建築は元禄の再建」