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「やまとみんぞく」とはなんぞや

先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選

喜田 貞吉

喜田貞吉『先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選』。同一底本的分册已合并为一书。收入:「日本民族」とは何ぞや、「ケット」と「マット」、奥羽地方のシシ踊りと鹿供養、火葬と大蔵、くぐつ名義考、国栖の名義、国号の由来、時勢と道徳観念、周防石城山神籠石探検記、炭焼長者譚、長吏名称考、憑き物系統に関する民族的研究、手長と足長、道鏡皇胤論について、間人考、人身御供と人柱、法隆寺再建非再建論の回顧、本州における蝦夷の末路、オシラ神に関する二三の臆説、サンカ者名義考。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,063 字 · 389 页

青空文庫

もっともその実地につかずとも、徳川時代までも津軽の北方海岸に蝦夷がいたということは、いろいろの人の旅行記その他のものに書いてありまして、或る程度まではわかっていたのでありましたけれども、さらに実地について、その土地の人の話を聞きますと、近い頃までこの地方には蝦夷がいただの、あの部落は蝦夷の子孫じゃそうなだのという話を伝えているもの、或いは具体的にあの家は蝦夷の子孫じゃなど言わるるものの、実際少からぬには驚かされました。しかしそれはただお話であって、確かな証拠はありませんが、津軽藩の記録によりますと、今から約二百六十年前の、寛文頃に、まだ領分内に蝦夷として認められたものの居た村が、外が浜に十六ヶ村、その蝦夷の戸数が四十二軒、その名前までが一々わかっているのであります。その後八十六年を経た宝暦六年に至って、彼らもだんだん日本化して参りまして、もはやいつまでも蝦夷として区別する必要が無いと認めたものとみえまして、これを平民の戸籍に編入し、普通の日本人と同一の待遇を与えることになりました。それを当時の記録には、「この年外が浜の狄シャモとなる」とも、「外が浜の狄をシャモに仕る」