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おおおかえちぜん

大岡越前

吉川 英治

「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页

青空文庫

着物は、紬じま、袴は唐桟、いつもごつい紀州の田舎好みを、千代田城の奥へ来てからも用いている。

「藪八。おいおい、藪、藪」

吉宗は、吹上のお庭茶屋の内から、外の者を呼んだ。

紀州から連れて来た家来のひとりに、藪田助八なるものがあった。略して、吉宗は、藪八とよび、これを庭番に用いていた。

庭番頭は秘役である。隠し目付ともいわれている。将軍家が密かにお庭茶屋へ誰かをよんで密談を聴く場合でも、庭番頭だけは、近くにいて、見張りをつとめている。

「お召ですか」

「おお、水を汲んで来てくれい」

さっき、坊主がたててさし上げた薄茶茶碗を、助八につき出して、

「坊主のくれる水では美味うない。どこぞの、流れへ行って、活きたような水を一ぱいもって来い。のどが渇いた」

やがて助八が、紅葉山から流れて来る清水をたたえて、捧げて来ると、

「越前はまだか。遅いではないか」

と、それを美味そうに飲みつついった。

「いえ。ただ今、見えられました」

「や。来たか」

亭の内から首をのばして、吉宗は、入口の数寄屋廂の下にうずくまっている裃姿をちらと見、

「呼べ」

と、助八へゆるしを伝えさせた。

やがて、助八は、表に立ち、越前守忠相は、吉宗のまえに平伏していた。