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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页
待ってやれよ」
「どうしたい。阿能十」
「味噌久のやつが、田ン圃へ落ちてしまやがった。まっ暗で、引っ張り上げてやろうにも、見当がつかねえ」
「よくドジばかりふむ男だ。味噌久はかまわねえが、背負わせておいた御馳走は、まさか田ン圃へ撒いてしまやアしめえな」
べつな声が、闇の中で、
「ええ、ひでえことをいう。ふたりとも身軽なくせに。すこし荷物を代ってくれやい」
と、田の畦を、這い上がっているようだった。
大亀と阿能十は、おかしさやら、暗さやら、わけもなく笑いあって、
「まあ、そういうなよ。目ざす中野はもうすぐだ。辛抱しろ、辛抱しろ」
「だが、着物の裾をしぼらねえことにゃあ、どうにも、脛にベタついてあるけもしねえ」
「阿能。泣きベソがまた泣いていら。そこらで一ぷくやるとするか」
小高い雑木林の丘に、男たちは腰をおろした。
三人とも、二十歳から三十前。ふたりは、浪人風であり、ひとりは町人。そしてその味噌久だけが、何やら臭気のつよい包み物を首に背負っていた。真夜中、街道もあるのに、わざわざこんな闇を、この変な荷物をたずさえ、一体どこから来て、どこへ行くのか。これも時代の生んだ“分らない物づくし”のうちに入る巷の一組とでもいうのだろうか。