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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页
「いいよ、源吉、やってくれ」
「どっちへです」
「吉原へさ」
お次は、聞えないような、顔をした。
源吉は、わざと、
「いいんですか、お次さん」
「そんな野暮ではないよ。なあ、お次さん」
左右太が代って、答えてしまった。
初夏の夜の川風になぶられながら、猪牙舟は晩く、山谷堀へついた。
三人は、遊廓を一まわりして、引手茶屋の巴屋へ揚がった。
「ま。おめずらしい」
と、茶屋の内儀は、左右太を知っていた。お次は、身のおき場がないように坐っていた。
「もう、桜も散ったな」
「ごぶさたでござんすこと。やがて、仲の町は、菖蒲でございますよ。その節は、おわすれなく」
「こん夜は、上総の身寄りの娘が来たので、見物につれて来た。……が、しらふで帰るのも曲がない、何かで、一杯もらいたいな」
かろく飲んで、時刻をはかり、帰りがけに、
「おかみ。堀の辺で、何か、朝めしを、おつに喰わせる家はないか」
「茶漬屋はいかがです。流行っているようですよ」
「ふりの客でもいいのか。……ちょっと、ひと筆、巴屋からとして書いてもらいたいな」
「おやすいこと」と、おかみは、客の送り文を書いて、源吉にあずけた。
猪牙舟が、堀へもどって来たのは、まだ夜明け前で、いくら朝帰りの客にしても、ちと早すぎるきらいがあった。