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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页
「ふッさりと、藤が咲いたね。白と紫と……そよ風にうごくたび、いい匂いがする」
かれが独り言をいっているまに、お次は、あたりを見て、帯の間から、小さく折った手紙を、そっと、勘蔵の手のそばへおいた。
勘蔵は、黙って、庭向きに腰かけたまま、眼ばやく、読みくだしていたが、はッと、顔いろも変え、声も落して、
「お次さん。……おまえも行ったのか。堀へ」
「ええ。茶漬屋のおかみさんの口から、すっかり分ったと、左右太さまは、ひどく、武者ぶるいしておりましたが……。何か、そのお手紙にも、よい手がかりがあったと、書いてございましたか」
「うム。端緒は、つかめたらしいが、左右太ひとりで、その先の御隠殿下まで行くとあるのが、気がかりだ」
「どうしてです?」
「そこは、悪党の巣。ヘタをしたら、生命があぶない」
「えっ……左右太さまの、おいのちが」
お次は、唇を白くした。
かの女のまえで、無造作に、左右太の生命が、危ないなどといって、いじらしい恋仲を脅やかしたのを、こころない業とは思ったが、勘蔵の直感は、いつわりなく、
(左右太、危うし)
と、彼の心をも、ただならず、急きたてていた。
「お次さんも、一しょに来るか」