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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页
「その方っていうと」
阿能十蔵は、かねてからうすうすそれに多分な興味をいだいていたらしく、この時と、突ッこんで、刑部にたずねた。
「いまだから、いってしまうが……」と、刑部は、もちまえの咳を、痰と共に、鼻紙につつんでから、こう話した。
元禄の半頃から、西国方面の密貿易仲間は、急激に、数と力を加え、莫大な利をしめて、巨財をもつと共に、外国製の武器、火薬なども、ひそかに、諸所の島へ貯え出した。
利に飽くと、人間は、名と地位である。国禁の密貿易では、白昼、晴れて金費いもできず、祇園、島原で大尽遊びも、すぐ足がつく。
犬公方の悪政の下で、天下、不平の声にみちている。世相はくさり、道義は乱脈だ。いまなら、やれるぞ――と、類をもって集まる浪人どもやら、西国大名の野心家の家臣なども気脈を通じて、ここにいつか、もっともらしい幕府顛覆の盟約書などが、起草されていた。
刑部は、江戸表における、一謀員だった。
かれの任務は、時節のくるまで、世相を不安と頽廃とに、能うかぎり、腐え爛らせてしまうことにある。
家は、旗本だったが、すぐに廃家を命ぜられ、家財は飲みつぶし、およそ旗本悪のうちの典型であった彼には、ひと山、これに張りこむには、もって来いの、壮挙だった。