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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页
心炎狂舞
長いこと、左右太の報告はつづき、更に、べつな報告を出して、机上の資料に、いろいろな、新材料を加えていた。
いつか、中庭の西陽もかげり、冷ややかな夕風のおとずれと共に、役宅の書記、その他の役人も、ぼつぼつ退いていた。
すると、どこやら、遠くに――
「ばか野郎っ。やいっ、牢番どもっ。なぜ寄って来ぬ。恐いか。おれが恐いのか、奉行が恐いのか。わはははッ。馬鹿奉行のどこが恐い」
吠えるような大声である。
暮れかけている牢長屋の屋根をこえ、柵を越え、役宅の幾棟をもこえて聞えてくるのである。
よほどな大声で喚いているにちがいない。
心炎狂舞
越前守は、はたと、耳をすました。
つぶやくように、三人へいった。
「また、亀次郎がわめきおる。あれでは、体が保つまい。薬はやってあるか」
「よく、獄医に、気をつけさせておりまする」
と、勘蔵が、答えた。勘蔵やほかの者たちの方が、胸をえぐられているような眉根を見せている。
「獄医では、何かと、届かぬふしもあろう。義平太」
「はい」
「いちど、其許の父、市川楽翁どのにも来診を乞うて、よく診てつかわすとよいな」
「申し伝えておきます」
――するとまた、聞えて来た。