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おおおかえちぜん

大岡越前

吉川 英治

「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页

青空文庫

仲間の籍

古人の書に、素直に訊こう。子どもになって、大人の体験に訓えられよう。要は、生命の問題だ。人と生れたという意義を、どう享けるべきか。人間の世。おもしろいと観るべきか。憂しと観るべきか。また、くだらぬ泡沫と観るべきか。

「……おや?」

かれは、ふと、庭面の秋草へ、ひとみをこらした。はたと、虫の音が一ときにやんだからである。

「おい。……市の字。おぼえているかい。おれを」

袖垣のあたりの萩叢を割って、ぬうッと、誰やら頬被りをした男の影が、中腰に立ち、こなたの書院の明りに、顔をさらして見せた。

「た、たれだ、そちは? ……」

息をつめて、凝視したが、分らなかった。

「わかるめえ。わからねえはずだよ、於市。四年ぶりだもの。ああ、なつかしいなあ、この部屋も」

蟇のように、のそのそと近づいて、沓石へ腰をすえ、かぶっている布を脱ると、縁に肱をつきこんで、ヘラヘラ笑った。あばた顔だが、その笑い癖は、市十郎の遠くない記憶を、ギクとよび醒ました。

仲間の籍

悪友仲間のきずなほど、宿命的なものはない。

兄弟のきずな、主従のきずなは、なお断ちえても、悪い仲間の籍を抜けて、正しきへ返ろうとする道はむずかしい。