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おおおかえちぜん

大岡越前

吉川 英治

「日光」1948(昭和23)年9月~1949(昭和24)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 218,436 字 · 437 页

青空文庫

極道由来記

「だいじょうぶです。おっ母さんも、情のつよい人ですが、私にも、母を想う子の愛がありますから」

「では、行こうか」

「ちょっと、お待ちくださいませ」

采女は、物蔭へ立って、ふところ鏡を取出し、涙によごれた眼元を、直していた。

愛をもって愛と化す。――これが藪田助八の着想だった。

極道由来記

お袖が、いかに、呪咀に燃えて、越前守を恨もうとしても、その越前との仲に生した子の愛をもって説かせれば――と、彼はその成功を信じていた。

それにしても。

実に、意外だったのは、お燕の心の変化だった。ほとんど、生れ落ちたときから、悪の巣の中で育てられた娘。どんなに、手を焼かすかと思いのほか、ひとたび、父越前守に会わせてやるというたッた一つの希望を与えただけで、その日から、まったく、素直な、純情な、そして善を楽しむよい娘になってしまった。

そう説教したり、脅したりもしないのに、嘘のような、変りかたである。

おもうに、かの女が、母と共に、いろいろな悪事をして生きて来たのは、むしろ辛い努力の継続であったにちがいない。いや、母のお袖もまた、男を呪い通さねばやまないという誓いのために――ひいては世を悪く悪くと観る習性のために――実は、ほんとの自己の善を圧しかくして――本心にはない悪の表現に自ら身を苦しめている者かもしれないのだ。